長崎地方裁判所佐世保支部 昭和40年(ワ)238号 判決 1966年10月20日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
本件につき当裁判所が昭和四〇年八月二三日なした強制執行停止決定はこれを取消す。
前項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は「被告の原告に対する(一)昭和三八年一月二八日付金銭消費貸借契約に基く元本四〇〇、〇〇〇円、利息損害金月三分、弁済期同年五月三〇日の債権、(二)昭和三六年五月一七日付売買契約に基く箪笥一棹の売掛代金債権七、〇〇〇円及びこれに対する同年五月一八日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金債権、(三)昭和三七年二月六日付売買契約に基く建具硝子の売掛代金債権六、〇八〇円及びこれに対する同年二月七日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金債権の存在しないことを確認する。被告の原告に対する長崎地方裁判所佐世保支部昭和三九年(ワ)第一六〇号貸金等請求事件の判決による強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」の判決を求め、請求の原因として
第一、原告は何れも被告から
(一)、昭和三八年一月二八日四〇〇、〇〇〇円を利息損害金を月三分、弁済期を同年五月三〇日と約して借受け、(但し借用証書上は利息四八、〇〇〇円及び礼金二、〇〇〇円を元本に組入れて元本四五〇、〇〇〇円を記載してある)
(二)、昭和三六年五月一七日七、〇〇〇円の箪笥一棹を
(三)、昭和三七年二月六日六、〇八〇円の建具硝子を
各買受けた。
第二、原告は右第一(一)の借入金につき、昭和三八年五月頃三〇、〇〇〇円を、同年七月頃五〇、〇〇〇円を、同年一二月一七日二〇〇、〇〇〇円を各弁済した侭、翌三九年四月二〇日三重県在住の養子宅に転居したところ、被告はこれを夜逃げと軽信して前記債権請求のため長崎地方裁判所佐世保支部に訴を提起し、同年(ワ)第一六〇号として係属し、第一回口頭弁論期日が同年九月一日と指定された。
第三、そこで原告はこれが解決の必要を感じ、妻訴外若松マツエを佐々町に赴かしめ、右マツエは知人訴外古木金輔に被告と交渉する権限を与え、右古木において被告と交渉の結果、同年七月三一日大要つぎのような合意が成立した。
(一)、原告は被告に対して一五〇、〇〇〇円を即時支払う。
(二)、被告は右を超える債権の一切を、一方原告は被告に対して有する木炭代、一、〇〇〇円、樟板代六、〇〇〇円、海苔木原木代五一、〇〇〇円の債権を相互に免除する。
(三)、被告は前記訴を同年八月一日限り取下げる。
よつて右古木は被告に対し即時右(一)の金員一五〇、〇〇〇円を支払つた。
第四、ところが被告は約旨に反して右訴の取下を行わず、他方原告は被告を信用して同年九月二二日の変更された第一回口頭弁論期日に出頭しなかつたため、前記第一の(二)(三)の各代金及びこれに対する各買受の翌日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金並びに第一の(一)の貸金中元金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金を請求する前記訴は擬制自白を認められて敗訴し、判決正本の送達を受けた原告は驚き被告にその不当をなじつたところ、「印鑑を他人に預けて手続一切を任せていたところ、手違いを生じ申訳ない。別に心配に及ばない。」との返事だつたので、尚右言を信じて控訴の手続をとることもない侭右判決は確定してしまつた。
第五、然るに被告は更に前記裁判所から前記判決の執行文の付与を受けて原告所有の不動産につき強制競売を申立て、昭和四〇年八月三日強制競売開始決定がなされるに至つた。
第六、叙上のとおり第一記載の債権は消滅しているにも拘らず右事実を知らない裁判所に虚偽の申立をして勝訴判決を得、原告の抗議を無視して形式上存する判決を利用して強制執行を敢てした被告の所為は正しく不法行為に該当し、かかる判決に対しては弁論終結前の事由を原因とする請求異議の訴も認むべきであり、よつて本訴に及んだ。と述べ、
被告の抗弁事実中、被告が原告所有の不動産につき仮差押の申請をして仮差押決定を得たことは認めるがその余の事実はすべて不知。と述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として、
請求原因事実第一は認め、第二のうち原告がその主張の頃三重県に転居したこと、被告が原告主張のような訴を提起し、第一回口頭弁論期日が原告主張のとおり指定されたことは認めるがその余は否認する。第三は和解の当事者及び原告主張の和解条項中(二)を除き認める。被告は原告に何ら債務も負つておらず、したがつて右に関する条項は存在せず、又本和解には被告の夫訴外岩永政夫も加わり、右一五〇、〇〇〇円の受領によつて、右政夫は原告に対し昭和三六年一二月二五日、弁済期を昭和三七年一月一〇日定めて貸付けた五〇、〇〇〇円の債権を、被告は原告主張の債権を免除したものである。第四のうち原告主張の口頭弁論期日に原告欠席の侭、その主張のような判決のなされ控訴のない侭確定したことは認めるがその余は否認する。第五は認め、第六は争う。
被告が訴の取下をしなかつたのはつぎのような理由によるものであつた。
即ち被告は前記訴を提起するにさきだち、長崎地方裁判所佐世保支部に原告所有の不動産の仮差押を申請し、昭和三九年四月一六日保証金一二〇、〇〇〇円を納付して仮差押決定を受けていたところ、同年七月三一日訴外古木と和解の交渉をする際、同人が「訴訟を続行すれば一二〇、〇〇〇円の保証金は訴訟費用として取られてしまうが、そんな破目になるより今一五〇、〇〇〇円を受領して和解した方が得策ではないか。」というので訴訟の実情に暗い被告はこれを信じ、彼此損得を考慮した上右和解に応じたものであるところ、後に右古木の言の虚偽であることが判明したので数日後同人が被告方を訪れた際前記和解契約を詐欺を理由に取消す旨伝えたものである。と述べた。
(立証省略)
理由
第一、原告が何れも被告から(一)昭和三八年一月二八日、利息損害金月三分、弁済期同年五月三〇日の約で四〇〇、〇〇〇円を借受け、(二)昭和三六年五月一七日代金七、〇〇〇円の箪笥を買受け、(三)昭和三七年二月六日金六、〇八〇円の建具等を買受けたこと、被告が右債権の請求のため原告を相手どつて長崎地方裁判所佐世保支部に訴を提起し昭和三九年(ワ)第一六〇号事件として係属したこと、そこで昭和三九年七月三一日原告の代理人訴外古木金輔と被告が交渉の結果和解が成立し、その条項中に原告において一五〇、〇〇〇円を支払うことによつて被告は爾余の債権を免除し、前記訴を取下げる旨の合意のあつたこと、右古木が右和解に基き一五〇、〇〇〇円を支払つたこと、右訴は取下のない侭同年九月二二日の口頭弁論期日をもつて結審され、原告に対し被告に前記(一)の債権中元金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日以降完済まで年五分の遅延損害金、同(二)、(三)の買掛金及びこれらに対する各買受けの翌日以降完済まで年六分の遅延損害金を支払うべき旨の判決が言渡され、右判決は控訴のない侭確定したことは当事者間に争いがない。
第二、そこで先ず本訴中前記確定判決を経た部分の債権不存在確認並び右判決に対する請求異議の当否につき判断するに、およそ確定判決は当該訴訟の口頭弁論終結時における当事者間の権利関係の最終的判断としていわゆる既判力が与えられ、爾後裁判所はこの判断に拘束され、強制執行も右判決によつて確定された請求権の存在を当然の前提として行われるものであるから、後に当該訴訟の最終口頭弁論期日以前の事由を主張して右判決によつて確定された権利関係を争うことのできないことは民事訴訟法第一九九条、第二〇一条、第五四五条第二項の規定上明らかなところであるが、昭和三九年七月三一日当事者に成立した和解の事実を理由とする本訴請求中その後である同年九月二二日の口頭弁論期日において結審された前記確定判決の判断に含まれる部分は前記理由によつて爾余の判断をまつまでもなく失当であることは明らかである。
尚、原告は、被告は原告を害する目的をもつて虚無の権利に基き勝訴判決を得、これを債務名義として強制執行したものであり、かかる場合には例外的に口頭弁論終結以前の事由をもつて請求異議で争い得るものと主張するが、確定判決に再審事由にあたるような瑕疵がある場合、右手続をもつて右判決の取消を求めることのできることは格別、当事者の一方が加害の意思をもつて虚偽の申立をして勝訴の確定判決を得たということだけで直ちに民事訴訟法第五四五条第二項の例外を認めることは、とりもなおさず既判力を否定し、ひいては民事訴訟の体系をくずすことになつて許されないものと解する。
第三、つぎに原告が昭和三八年一月二八日被告から借受けた四〇〇、〇〇〇円のうち右確定判決による判断を受けていない部分につき考えるに、およそ確認訴訟には即時確定の利益の存することを要するものであるところ、成立に争いのない甲第五号証によると、被告が前記訴訟において前記貸金中元本一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日たる昭和三八年五月三一日以降完済まで年五分の遅延損害金のみを請求したのは一部請求の趣旨ではなく、弁済等の理由で右以外には債権は存在しないものと考えてのことであることが認められ、その後その存在を主張する等の挙に出たことを認めるに足りる何らの証拠がない。
したがつて、本訴請求中、確定判決に示された以外の部分の債務不存在確認請求部分もその余の判断を俟つまでもなく失当たるに帰する。
第四、以上のとおりであるので原告の本訴請求はすべて棄却を免れず、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の取消及びその仮執行につき同法第五四八条を各適用して主文のとおり判決する。